ベランダの黒猫
僕のベランダには、夏の終わりごろから勝手に住み着いた黒猫がいる。 勝手に住み着いたくせに縄張り意識は一人前で、僕が洗濯物を干す時なんかに窓を開けると、そのたびに「シャーッ」って言って威嚇してくる。ずうずうしい奴だなぁと思っていたら、まだ小さな子猫と一緒の母猫だった。 だいたい一月くらい経って、だんだんあっちも慣れてきたのか、開けた最初だけは形式的な威嚇こそするけれど、あとは「まぁ気にしませんよ」というような顔をする。こちらも特に世話を焼くわけでもなく、あちらも何かを媚びるわけでもなく、ちょうどいい距離を見つけて付き合っているようなそんな感じになってきた。 少し涼しくなったらいい加減ベランダも掃除しようなんて思っていたのに、そんなわけでそうもいかなくなってしまった。置きっぱなしのブルーシートが彼女らのお気に入りの寝床らしい。 なんだかわずらわしい様にも思うけど、昨日ふと、あの2匹もいつか居なくなるんだろうなって思ったら少し寂しくなった。それだったら、それまではお互いちょっとだけ気になりながらも付かず離れずやっていこうかなと思った。
量産品が生む犯罪のコモディティ化
まだ雨が降っている中、お昼に神保町は武蔵で鉄火丼を食べる。安くてそれなりに美味しい鉄火丼が食べれるとあって重宝しているんだけど、もしかすると最近 ちょっとマグロのクオリティが下がったかな、というような気がした。気のせいかな。季節のせいかな。昨日の日経にもマグロの話が載ってたけれど、いつかは 日常的には食べられなくなるのかな。マグロ好きとしてはそれは困る。 そして今日みたいな雨の日は傘でも困る。ビニール傘を使うことがほとんどだけど、安いビニール傘ながらそれなりいヒエラルキーはある。45cmくらいの小 さいやつから、70cmオーバーの大きなものまであって、値段も大きさに応じて違う。そしてビニール傘は大きいのを愛用しているから、ふと店先の傘立てな んかに置いて、店を出てきたときに45cmくらいのヤツと取り替えられてたりするとさすがに腹が立つ。 45cmの傘と70cmの傘なんて確実に間違えようが無いくせに、他人のものと分かっていてしれっと良い方を持ってく輩がいるというのが信じられない。 ありふれていてもはや匿名的とさえいえるようなレベルまでコモディティ化した物に対しては、犯罪意識までがコモディティ化しているんじゃないだろうか?自転車も全く同じ状況にあると思う。盗まれるのは没個性的で匿名的なまでにコモディティ化されたママチャリがほとんどだろう。 「たくさんあるなら、一つくらいいいだろう」 恐らく持っていく側としては、こういう心理なのだろう。 大量生産&大量消費で多くの物がコモディティ化したことの弊害は、実はこんなところにあるのかもしれない。
Massive Change
Massive Change と Design Quarterly No.4 友人の勧めがあってAmazonで購入。 カナダのデザイナーBruceMauの巨大プロジェクトというか、新しい概念の提唱というべき"Massive Change"について語ったのもの。 Massive Changeの公式web(http://www.massivechange.com/)の副題にはこうある。 "It's not about the world of design. It's about the design ...
Contax G1
前からちょっと欲しかったこのカメラ。 写真をやりたいというあの子の誕生日にプレゼントして、そのあまりの写りの良さに本気で自分でも欲しくなってしまった。同じカメラ持つのもなんだから別のカメラでも持てば良かったのでは?という気もしたのだけれど、レンズが共有できるのは便利だし、今だと中古で破格値で手に入ることもあって思い切って買ってしまった。 Nokia 705NKにて撮影(この携帯のカメラも写りがいい!) 各方面で昔からいろいろ良くも悪くも有名なカメラであって、オートフォーカスの遅さ、マニュアルフォーカス時の使いづらさ(直感的ではない操作)は確かに指摘されている通りだと感じた。しかしそうした癖も理解してあげて付き合っていく分には十分すぎるくらいにいいカメラである。なによりその写りの良さといったら、もう、素晴らしいの一言である。 たとえばこの一枚。三鷹の駅前どおりの焼き鳥屋にて。 Contax G1 / Biogon 28mm 提灯の存在感のリアリティたるや、 なんとも素晴らしい。 これからいろんなものをこのカメラで撮っていきたいと思わせるだけの魅力がある。 ところでこのContaxを撮った705NKのカメラも予想以上に写りが良くてこれまた驚き。 今年はContaxと705NKでいろんな風景、いろんな一瞬を切り取っていけたらと思う。 それに添えて気の利いた文章の一つでもかけたなら、それはすごく幸せなことだろう。



